弦楽器の科学的練習について(約10年前の文章より)

 

40歳からヴァイオリンを始めてもう10年になろうとしている。この10年間毎日のようにほとんど欠かさずやってきた事がある。それは徹底した基礎練習である。レガート・スタッカート・バロック奏法・速いスタッカート・ビブラート・簡単な音型の指の練習・重音の練習。このメニューをこなすのに初心者の頃は小一時間かかっていたが、さすがに今では15分以内に収まるようになった。人間誰しも自分の興味のあることはうまくなりたいと思っているはずである。昨日より今日、今日より明日少しでもうまくなっていたらと思う。例えば私が昨日100点の練習をしたとしたら今日は99・9点ではなく悪くても100・1点位の練習にしたいと思う。進歩を明らかにしたいためにも毎日同じ練習をする。同じ練習をすれば昨日からの進み具合がわかる。さらに念入りな基礎練習をすることで効率的なウォーミングアップが得られる。昨日せっかく100点まで行ったのに本日の練習を40点や50点から始める愚は避けたい。基礎練習で一気に90点以上までウォーミングアップして今日の練習は100点を少しでもクリアーしたい。

更にこの基礎練習は精選され尽くしたメニューであるため悪い癖がつく心配がない。

練習は確実に身につく、しかし「だからせっせと練習しましょう」という結論には行きつかない。練習は身につく、したがって悪い練習をすればするほど悪い癖が身につく恐ろしさがある。練習が全てよい方向に向かっていると思いこむほど危険なことはない。     練習の時はや常にあらゆる方向から奏法を検証し正しい奏法を選択する必要がある。いわゆる先輩、先生の奏法が正しいとは限らない。むしろほとんどの場合その反対であると言ったほうが正しいかもしれない。

そして練習には大きく二種類の練習がある。一つはいわずと知れた「弾く」練習である。もう一つは「聴く」練習である。

自分の音を聴く。人の音を聴く。アンサンブルの音を聴く。部屋やホール全体の空間の音を聴く。全体の音を焦点を合わさずに全て聴く。全体の音の中からある音だけに焦点を合わせて聴く。自分の耳のレベルを上げずして「弾く」ことのレベルが上がることはない。

技術は科学で分析できるようになった。したがって奏法という音楽の技術は科学的にどんどん解明されるべきである。スポーツの世界は科学によって大きく変わってきたが、音楽の世界はいまだお稽古事の世界に甘んじている。

例えば右手の技術はいかに解決し体得していくか。

ここでは右手はまず情報を集めるセンサーであると考える。

繊細な多くの情報を収集する優秀なセンサーとは:::①接触面積が大きい ②柔らかい素材 ③動ける自由、変形する自由がある:::これらの条件が満たされれば右手は優秀なセンサーとして機能する、そして同時に様々な情報を弦に伝えるマジックハンドとしての条件も満たしているところが、自然界のすごさでもある。

それから既成の価値観を疑い、物事を一から見直してみることが大切である。

例えば、「ビブラートは何のためにかけるのか」。このような疑問をまず抱くことが音楽を考えることの原点になる。ビブラートにあこがれビブラートがもたらすさまざまな害悪をフリーパスで自分の技術の中に取り入れてしまう。こんな危険な技術を何の検証も無しに礼賛してしまう。ただ音が震えるのがビブラートではない。また曲がりなりにもビブラートらしきものを体得した人が逆に今度はノンビブラートという大切な技術を忘れてしまうことがある。一つの技術を得て一つの技術を置き忘れてしまうのならその人の技術の選択肢は全く増えていないことになる。ではもう一度「ビブラートは何のためにかけるのか」。

ビブラート無しの音の持続は聴く人に大きな緊張感を与えてしまう。その音に緩やかな波を与えてやると聴く人の心はなごむ。しかし波を通り越してパルスになってしまうと聴く人の耳にはとてもいやな刺激的なものになってしまう。ビブラートには常に波の形をとることで人に安らぎと快感を与える。

音楽は安らぎばかりを追求するものでもない。激しい感情、荒々しい景色、不安な気持ち、清楚な美しさなども表現しなければならない。その時のビブラートは速くて、深くて倍音が多いものかもしれない。または遅くて、浅くて、基本の響きだけのビブラートかもしれない。

一つのビブラートはある音楽の一つの場面でしか使えない。 

ビブラートが速い「ちりめん」になってしまう。

ビブラートが深く、音程にかかってアンサンブルを乱す。

ビブラートが遅く細かい音にかけられない。

このような一種類のビブラートしか持たない奏者はビブラートによって表現の幅を狭めこそすれ豊かにする事はない。つまりビブラートは場面場面で使い分けなければならない技術なのである。ここでもビブラートを3つの要素に分解できる。①速さ ②深さ ③音のどの成分にかけるか:::これらがコントロール出来て初めてビブラートという技術は音楽に貢献できることになる。